デジタルミニマリストとは何? ミニマリストとは何が違うの?
本記事は、ご覧の疑問を持った人向けの内容です。
特に「SNSそのものに疲れている」という人におすすめします。
ソーシャルメディアの巨大企業は、よりよい世界を築こうとがんばっている友好的なテックの神々であるふりをやめ、自分たちは依存性の高い商品を子供たちに売りつける、Tシャツを着たタバコ農家であると認めるべきです。
出典:デジタル・ミニマリスト 本当に大切なことに集中する
なぜなら──はっきり言いましょう──
“いいね”がついたかどうか確認する行為は、喫煙と同じくらい依存性が高いからです。
── ウィリアム・“ビル”・マー ──
この一節を読んだ時、私は「なんて的を得た言葉だろう」と驚き、同時に、発信した情報に共感してほしくて、時代に取り残されたくなくて、SNSを凝視していた頃の自分を思い出しました。
そして、SNSにどっぷりだった当時は、1日1箱以上のタバコを吸う喫煙者でもありました。タバコの高い依存性は肌身で感じており、止めるまでに時間がかかったのを覚えています。現在で禁煙3年目です。
今、この記事を読んでいるあなたに問いかけます。
あなた自身が今、本当にやりたいことを明確に説明できますか?
SNSを使うことに疲れていませんか?
知名度もない1人のブロガーが偉そうなことを述べ、あなたの気分を害したのなら謝罪します。
けれど、自分自身に一度問いかけてみてほしいんです。「SNSやデジタルツールに疲れていないか?」ということに。
こんにちは。ミニマリスト初心者のYAITAです。ライター兼ブロガーとして活動しています。騒音などの音に過敏反応してしまう症状“聴覚過敏”を抱え、作業の全てをiPadだけで行うiPad大好きオジサンです。
2022年11月、5年に及ぶ母の介護に疲れ果ててしまい、精神的疲弊と重度の鬱状態によって倒れ入院。退院して以降は、生活全体を本格的に見直し、身の回りのモノを取捨選択する生活を始めました。ミニマリストについて調べていくと、上でご紹介した1冊の本に出逢います。
デジタル文化の付き合い方、デジタルデトックスの重要さを再認識できました。
今回は「デジタルミニマリストとは」について書いていきます。
当ブログは、“あくま”で私個人の意見であり、スマホやデジタル文化・SNSを否定するつもりは一切ありません。SNSによって多くの命が救われた事実もあり、スマホは私自身にとって不可欠な存在です。
もちろん「SNSは必須で手放せない存在だ」と断言する人も沢山います。その人達にとって、本記事は無縁です。
デジタルミニマリストとは

デジタルミニマリストとは、スマホ依存やSNS自体に疲れた人に向けて考案された“少ないほど豊かになれる”哲学であり手段。
“自身がやりたい本当のことに集中する”ため、ストレスとなる不要なアプリやSNSを期間限定で削除し、デジタルツールとの付き合い方を見つめ直すことで解決した人達です。
“デジタルデトックスによって、自分自身に向き合える時間を確保した”とも表現できます。
そもそも、ミニマリストとは何でしょうか。“必要最低限のモノで生活する人”と広く認識されていますが、少し違います。
有名な“ミニマリストしぶ”さんの言葉をお借りすると、ミニマリストとは“大事なことを強調するために、あえて少なくする人”です。
理由もなくモノを捨てているワケではなく、必要なモノを残すために“あえて”捨てています。
モノを減らして強調させる物質ミニマリストと、不要なアプリを削除して解放させるデジタルミニマリスト。2つとも“自分がやりたい本当のことに集中する”目的は同じです。
デジタル・ミニマリスト 本当に大切なことに集中する
本書を少しご紹介させて下さい。
冒頭は著者本人の紹介や目的ではなく、とあるコラム記事の紹介から始まります。
2016年9月、有名ブロガーであり評論家のアンドリュー・サリヴァンによって書かれた長文コラム『かつて私は人間だった』が掲載され、多くの共感を得ました。
実際の記事がありましたのでご紹介します。
『I Used to Be a Human Being』
An endless bombardment of news and gossip and images has rendered us manic information addicts. It broke me. It might break you, too.
── By Andrew Sullivan ──
『かつて私は人間だった』
ニュース、ゴシップ、画像の絶え間ない攻撃により、私たちは重度の情報依存に陥っている。
私は魂を抜かれた。あなたも危ないかもしれない。
── アンドリュー・サリヴァン ──
ジョージ大学のコンピューター・サイエンス准教授であり、ノンフィクション作家でもある著者のカル・ニューポートは、この記事を読んだ時、“あまりピンと来なかった”と記しています。その当時、SNSなどのアカウントを所持しておらず、日常生活においてスマホを触る機会が少なかったからです。
同年『大事なことに集中する ── 気が散るものだらけの世界で生産性を最大化する科学的方法』を出版したことを紹介しています。
“SNSが発する情報や、自分の発信した情報に対する反応が気になるあまり、仕事に悪い影響を与えている人は少なくないと指摘”した本です。読者が増えるにつれ多くの質問が寄せられましたが、内容はほとんど同じでした。
- 仕事中以外(プライベート)ではどうしたらいいのか?
- 常に新しいテクノロジーに付きまとわれ、仕事中でも気になってしまう
- 情報を逃すことで生活の充実感を下げれば、さらに大きなストレスになるのでは?
沢山の読者から寄せられた質問に興味・関心をもった著者は、現在のデジタル・ライフの可能性と危うさに注目し、リサーチを始めます。
キーワードは“疲労感”
現在はスマホ1台あれば、様々なことができる時代になりました。今や私達にとって、スマホは日常に欠かせないデバイスと断言しても、否定する人は少ないでしょう。
けれど、デジタル・ライフに関する議論をする上で、繰り返し出されるキーワードは“疲労感”でした。
魅力的なアプリが日々登場し、更新され、私達を常に誘惑してきます。例えば、下記のような経験はありませんか?
- 就寝時、ベッドで横になりながら開いたアプリに没頭してしまい寝坊した
- 自分が発信した情報の反応が気になり、常に更新をし続けてしまう
- 大好きな著名人の発信が気になり、常にチェックしていないと落ち着かない
- 見たくない情報・広告が目に入りストレスを感じる
- 愚痴・暴言などが平然と使われている環境に嫌気を感じている
上でご紹介した経験は、全て私が実際に感じ、経験した事です。寝坊した時は「なんて情けない…」と凹みました(笑)
他にもSNSやアプリによって、生活スタイルそのものが変化した人もいるでしょう。例えば、時間限定のイベントに参加すべく現実のスケジュールを調整したり、仮眠を取ったりするケースです。
また、SNSに参加しない・できないことで仲間外れにされるケースもあります。そのほか、誰かの発言が自分の考えと違った場合、“倒すべき悪”のように相手を非難し罵倒する。お互いの顔や声、存在が分からないことで、負の感情を平然とさらけ出せる場所となっています。
デジタルツールは現代文化が生み出した大変便利なテクノロジーです。現に、日本で起きた3.11大地震の際、海外留学中の子供から発せられたSNS発言が、被災した親の命を救った事実があります。他にも沢山、SNSは多くの人達を救い、励み、支えとなりました。
けれど、この素晴らしいテクノロジーが、片手で持てる小さなデバイスから発する光や誘惑が、ストレスの要因になっている人達も増えています。
人がデバイスを使うのではなく、人がデバイスに使われているかのような状況に疲れ始めているんです。まるで、人間の“便利さを追求した進化”に、人間自体が追いつけないかのように。
2つの執筆目的
著者のカル・ニューポートは、本書執筆の目的を下記の2つと記しています。
- 問題の概略を把握すること
- 新しいテクノロジーを最大限活用しながら主体性を失わずにいる稀有な例を探し出すこと
“スマホ依存症”という言葉が日本でも話題に挙がりました。2013年、東邦大学によってスマホ依存に関する調査がされています。
今から10年前、アンドリュー・サリヴァンがコラムを掲載する3年前には、すでにスマホを手放せない生活に陥ってしまった人達がいたんです。
参照:東邦大学_スマホ依存について
現在のデジタルツールには、“有益と有害の両面が混在している”という複雑な関係性がありました。解決するには、簡単な小手先のテクニックじゃ修正できないと指摘しています。例えば下記のケースです。
- 寝室にスマホを持ち込まない
- 通知モードをオフにする
- スマホに触らない時間を作る
一時的に“スマホにあえて触らない環境”を作るデトックス法は、メディアで紹介されていたのを私も観た記憶がありました。ですが、著者は「これでは力不足だ」と記しています。
スマホの誘惑が強すぎて、負けてしまう人は少なくないからです。
スマホの誘惑に屈してしまう理由
なぜスマホのスクリーンに、依存となるほど魅了されてしまうのでしょうか。
「そろそろ寝る時間なのに、ついついスマホ画面を見続けてしまう…それは、自分がだらしないからだ」と半ば諦めている人は少なからずいるでしょう。私もそうでした。
ですが、本書はそのように書いていません。原因は明確にありました。
最大の原因は、それらの新しいツールの大多数は、表面上は無害に見えても、実はそうではないという点にある。スクリーンの誘惑に屈してしまうのは、その人がだらしないからではない。使わずにいられないようにするために何十億、何百億ドルもの資金が投じられているからだ。
出典:デジタル・ミニマリスト 本当に大切なことに集中する
人間の手によって、スマホに触らせようと誘惑するように仕組まれています。なぜなら、スマホに触らせることがビジネスに繋がるからです。
必要なのは“テクノロジー利用に関する哲学”
著者は、様々なリサーチの結果、下記のように結論づけています。
必要なのは、自分の根本をなす価値観に基づいた、妥協のない“テクノロジー利用に関する哲学”だ。
出典:デジタル・ミニマリスト 本当に大切なことに集中する
どのツールをを利用すべきか、どのように使うべきかという問題に明確な答えを提示できる哲学。
そして、選んだツール以外のいっさいを無視できるだけの自信を与えてくれることも、同じくらい重要な条件だ。
そして、多種多様な哲学を吟味していった後、1つの最適な答えが生まれ、著者カル・ニューポートは命名します。
“デジタル・ミニマリズム”
デジタルツールと付き合う上で、“少ないほど豊かになれる”という考え方です。
ミニマリスト達に愛される標語として“Less is more(少ない方がより豊かである)”という言葉があります。20世紀を代表するドイツの建築家ミース・ファン・デル・ローエの言葉です。
空間に置くモノを少なくするほど、シンプルであるほどに空間に余白が生まれ、“置かれたモノを含めた空間全てを美しく豊かに強調させる”といった建築家のデザイン思想を表しています。
また、約2,000年前を生きた第16代ローマ皇帝が残した言葉も本書で紹介しています。
見なさい、充実した意義深い生涯を送るためになすべきことがいかに少ないか
── マルクス・アウレリウス ──
デジタルミニマリスト|デジタルツールのストレスから解放される方法
デジタルミニマリストは、有益と有害が複雑に混在する現在を生きる術、必要な方法を知り、すでに行動しています。
その方法とは、30日間、自分の仕事や生活に不可欠なアプリだけを選び、ストレスの要因となるその他のアプリを削除して、デジタルツールに費やす時間を大幅に減らすことです。
対処法の具体例や詳細については、ぜひ本書で実際にご確認下さい。
「スマホの依存から解放されたいのに、なかなかできない…」という人におすすめです。
承認欲求は誰にでもある

他人からの評価や自分が発信した事柄に対する反応は、とても気になるものです。仮に想像以上の“いいね”を貰った時には、快感に似た満足感・達成感を得られます。
もっとシンプルに言えば、“認められたい”という承認欲求によって起こる、ごく自然な(人間らしい)行動と言えるでしょう。承認欲求は誰にでもあります。
したがって、より多くの“いいね”を獲得するため、情報に乗り遅れないため、自分を見つけて欲しいため、多くの時間をスマホのスクリーンに向けてしまうのです。例え体力的に疲れていても、スマホは片手があれば十分操作できてしまいます。
“いいね”の数を増やしたいと願う欲求はスマホへの依存に繋がり、人間の本能的な欲求が、莫大な利益を生むビジネスになっているんです。
冒頭でお伝えしたビル・マーの言葉を思い出して下さい。タバコをやめたくても辞められない人が多いように、スマホに疲れていると自覚していても、離れられない人が数多くいるんです。
さらに「周りから認められたい」という気持ちは、次第にプレッシャーとなり、あなた自身を蝕んでいくかもしれません。
「もっと認められたい」「今よりもっと自分をアピールしたい」といった呪いに近い衝動が、バイトテロや迷惑行為を撮影した動画の配信など、過激的な行動へと進んでいった結果も多くあります。
あえての孤独を楽しむ

私がミニマリズムに目覚めるきっかけとなった「手放す練習 ムダに消耗しない取捨選択」の著者“ミニマリストしぶ”さんは、本書で下記の一節を記しています。
「やらなければならないこと」に常に追われ、それがストレスの原因となり疲弊させられる。だからこそ、僕は「何もしない日」と「誰とも会わず1人でいる日」を、あえて週2日以上は必ず入れている。生活の中に「無の時間」を設けると、いいアイデアが生まれやすい体質になるからだ。
出典:手放す練習 ムダに消耗しない取捨選択
SNSアプリを削除しなくとも、“あえて”孤独になる時間は必要だと、私は断言します。誰にでも正直な自分と向き合う時間が必要だからです。
本当に自分のやりたかったことを考え、正直な気持ちに向き合える時間は、1人でいる時にこそ作れます。
「家族の世話や仕事で毎日忙しいのに、そんな暇はない」と仰る人もいるでしょう。
私も同じです。5年に及ぶ介護の中、1人になれる時間はあったものの、自分と向き合える余裕は正直ありませんでした。根本的な問題を解決していないからです。
もし仮に、スマホを見ることに疲れているのだとしたら、休日や仕事の帰り道にでも構いません。あえて孤独になれる時間を作ってみて下さい。
そして、自分の正直な気持ちに耳を傾けて下さい。あなたの抱える問題がスマホから離れることで解決できるのであれば、上で紹介した本の方法を行うことで対応できるかもしれません。
近くを散歩してみるだけでも、気分は変わるものです。実際に私は歩く習慣を作ったことで、精神的にも落ち着きを取り戻しつつあり、こうしてブログを更新する余裕が生まれています。
※まだまだ治療中の身ではありますが…。
デジタルミニマリスト|必要なアプリだけを残した結果

今現在、メインに使うアプリはタスクバーに格納してあるアプリです。初期状態で入っているアプリは隣のページに2フォルダに分けて纏めてあります。つまり、この画面だけで私の主な作業は完結できる状態です。
TwitterやInstagram、facebook等のSNSは利用していません。ファクトチェックで有識者や企業の発信等を確認する際に使っていましたが、削除しました。
私にとってストレスの原因になるからです。
LINEは唯一残っていますが、妻との連絡手段です。言い方を変えれば、LINEでは妻としかほぼ会話しません。
※一応、年に数回連絡を取り合う知人はいます…が、知人が多い方とは言えませんね。
スマホ画面はこんな感じです。1画面だけで済むようにしています。

1番活躍するアプリはメモです。スマホを持った時、親指で触れやすい場所に配置しています。
歩いている時に思いついたアイデアや、考えた内容などを即座に記録する際に大活躍。帰宅後、メモに残したアイデアから、ブログネタにしてく感じです。
その他は、病院の待ち時間にKindleやモーニングスター(My 投資信託)を使う程度。メルカリも取引状態によっては活用します。
生活に必要なアプリは削除しない
何でもかんでもアプリを削除すれば良いって問題ではなく、今の生活を改善するために何のアプリを残すのか?を考えることが重要です。
生活に欠かせないアプリを削除することで、支障が生じてはストレスになります。仮に「SNSが生活に欠かせない」とするのなら、そのアプリは削除すべきではないでしょう。
ただし、そのSNSによって疲れているのであれば、本当に必要なアプリなのか?を十分に考える時間が必要です。
本記事でご紹介している本が、手助けになるかもしれません。
おまけ:ゲームアプリは…?
当ブログをご存知の人は、ゲームアプリの存在に目がいくでしょう。はい。全て削除しました。
当ブログを立ち上げた直後、コロナウイルスで世界が大混乱に陥りました。そもそもは自身のライティングスキル向上を目的としたため、ブログネタや方向性は明確に定まっていなかったんです。「とりあえずブログを始めなければ、ろくに文章も書けないし勉強もできない!」と勢いで立ち上げました。
ある日、“巣籠もり需要が高まり、ゲームに時間を費やす人が増えた”というメディアの情報を知った私は、「ゲーム攻略を主なネタにしてみよう…」と自分が遊んで経験した内容を発信。そのため、当ブログの主なコンテンツはゲーム関連です。
とはいえ、ゲームをプレイするにはまとまった時間が必要になります。コンテンツとしては強いのですが、記事を書く想定でプレイする際、検証等や確認事項が増えるため、単純に楽しめません。
お仕事として、とあるゲームサイトの記事を担当させていただいた期間がありました。その仕事ができたのも、当ブログがゲーム関連であることが後押しになっています。
原神は人気ゲームです。今でも沢山のアクセスがあり、原神の記事を沢山書けば、収益も跳ね上がるでしょう。ですが、年齢的にアクションゲームに身体が付いていけなくなりました…。
大変残念であり、申し訳ないのですが、アクションゲームアプリの更新はしないつもりです。
まとめ:自分の本当にやりたいこととは?
デジタルミニマリストとは、スマホ依存やSNS自体に疲れた人に向けて考案された“少ないほど豊かになれる”という哲学であり手段です。本書は、スマホ依存やSNSに疲れてしまった人へおすすめします。
現在のデジタルツールは、私達の生活において不可欠な存在となりました。一方、スマホやSNS自体に疲れてしまった人が増えています。
まるで、人間のテクノロジー進化に人間自体が追いつけないような印象です。
本当にやりたいことは別にあるのに、ついついスマホを見てしまう。誰にでもある光景です。もちろん、私にも経験があります。
けれど、私にもやりたいことがあります。社会に出てから今までの約20年以上、ずっと悩み続けてきました。「このままでいいのか? お前の本当にやりたいことは何だ?」と。
それでも、現実逃避ばかりしてきました。スマホのスクリーンに映し出される誘惑だけでなく、様々な誘惑に負け続けた結果、今の私がいます。
ですが、2023年1月になって、やっと断言できる日が来ました。
私がやりたいこと。それは、“誰にも邪魔されず、干渉されず、ひとり自由にブログを書き続けること”です。
SNSを利用しないデメリットやリスクが、ブロガーにとってどれだけ大きいかは知っています。それでも、私は“誰にも邪魔されたくない・干渉されたくない・ひとりで行動したい”という想いの方が強いんです。
もしあなたが、本当にやりたいことを見つめ直す時間が欲しいのであれば、“あえて”の孤独を楽しんでみて下さい。その方法は、1人での散歩を継続するだけで十分です。
歩くことで自分と向き合える時間になりますし、身体を動かすことでアイデアが浮かびやすくなります。
今回は以上です。