【ミニマリスト】好きなことをやり続ける

こんにちは、YAITAです。

聴覚過敏を抱え、ミニマリズムと禅の思想、iPadの3つを愛する40代ブロガーとして活動しています。

今、本当に大好きなことができるとすれば、何がしたいですか?どんな目標がありますか?

例えば私の場合、去年は「ミニマリストになる!シンプルライフを実現する!」といった目標を掲げ、ただひたすらにモノを取捨選択してきました。

完全なゴールには辿りつけません。なぜなら妻のモノには手を出せないから。強引にゴールへ進もうとすれば、口論になるのは当然です。

今は、ただ文章を綴る毎日ですが、私にとって至福の時間になっています。

好きなことをやり続けられる嬉しさや、充足感に満たされているためです。

幸せとは:一度きりの人生で何をするのか

「幸せとは?」というと、何だか哲学っぽい感じになりますよね。難しいことは私には分かりません。

けれど、1つ言えるとすれば、好きなことをやり続けられる時間の多い方が、幸せではないでしょうか。

好きなことを実行している時、目標や未来は割とどうでもよくて、“楽しい”という感情が優先し没頭します。意図してゴールに向かうのではなく、1日を振り返ったらゴールに立っていた感覚。

そのゴールが正解であれ失敗であれ、私の貴重な人生の道になるんです。

したがって、好きなことをやり続ける自体に、未来への目標はありませんでした。今の一瞬一瞬を大切にし、生活できていることへの有り難みを感じるんです。

一度きりの人生で何をするのか? この世は諸行無常であり一切皆苦(いっさいかいく)。全てが自分の思い通りにならない世界の中で、好きなことをやり続けられる人は、どれだけいるでしょうか。

誰もが生活(お金や支払い)のために働き、比較と競争、情報疲れ、ストレス、思い通りにならないことへの憤りを周囲に隠しつつ、裏や影で発散しながら生きています。

私自身、それが当然のように働いた時期もありました。

アラームを止めて嫌々起き上がり、毎日朝から夜遅くまで働く。クタクタになりながら家へ帰って、ご飯を無表情で食べ、寝るまでの少しの時間を満喫。最後にアラームをセットして寝るという1つの大きなルーティン。

これが生活だと理解していましたけれど、心底嫌でした。

自分が進みたい方へ視線を向けられた日

母の介護をきっかけに生き方・働き方が大きく変化し、5年が経過した頃、私はミニマリズムというライフスタイルに出逢います。

執着を手放すことで成果は得られる。さらに、成果は自分だけの時間を生み出すことに気づいた私は、ミニマリズムにハマりました。

そして、今の生活があります。決して裕福ではありませんし、どちらかと言えば質素です。ですが、毎日充実していると断言できます。好きなことに没頭できているからです。

どう生きたいのか

重要なのは未来の目標より、今をどう生きたいかなんです。

モノの所有を否定するつもりは一切ありません。私も必要なモノは所有していますし、一所懸命働くことや、生活のためにお金は必要です。

けれど、生きる(お金や支払い)ことを第一に考えてしまうと、自分が本当にやりたいことのプライオリティが見えなくなってしまいます。

あなたが本当に進みたい道を隠してしまうんです。

進みたい道を邪魔するモノやガラクタ、執着を手放すことで、大好きなことに没頭できる時間を手に入れられます。

それは、趣味や成長、交友や貢献、または情報の発信かもしれません。あなただけにしか分からないことです。

今、本当に大好きなことができるとすれば、何がしたいですか?どんな目標がありますか?

私は、ブログを書き続けることです。